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寺内良雄氏を偲んで
伊吹由歌子
私は最近、自分と同様の体験をした新しい友人を日本で見つけましたが、そのお一人が亡くなったことを知り、心から悲しく思っています。 寺内良雄氏は、日本政府がシベリア・モンゴル抑留者に対し、彼らの強制労働に責任ある措置を取ることを求めて戦ってきました。それは、バターンとコレヒドールの生還者で作る元日本軍捕虜米兵組織の代表として、私たちの強制労働に責任ある措置を取ることを日本政府に求めてきた私の人生と、大変似ています。 シベリア・モンゴル抑留者もアメリカの元捕虜も、日本政府が私たちの味わった苦しみを認めて責任を取り、二度とこのようなことが起こらないよう、私たちに起こったことを次世代に伝えて欲しいのです。寺内氏も私も、仲間のために同じことを願ってきました。名誉と尊厳の回復です。 寺内氏が、その願いが叶うのを見れなかったことはとても残念です。私は貴方の分まで、私たちに名誉と尊厳が回復されるのを見届けたいと思います。 友よ、やすらかにお眠りください。祖国のためにそして仲間のために、貴方は立派に尽くされました。
Lester Tenney, Ph.D.
テニー夫人、寺内氏、長谷氏、テニー博士 日本の元捕虜抑留者とアメリカの元捕虜の出会いは、2002年、大阪の池田幸一さんが徳留絹枝さんを通し、朝日新聞掲載テニーさんの「私の視点」にたいし共鳴の手紙を送ったことに始まる。英連邦墓地で行われる日本人主催の連合軍捕虜追悼礼拝で、2000年にテニーさんと出合った私は、その後、徳留さんから池田幸一さんを紹介された。2003年、私たち教員4人で共訳したテニー著書「バターン 遠い道のりの先に」の邦訳出版記念会には多数の尽力でテニーさんを迎えることができ、折りしも全国から集い東京で会を持った元抑留者の方々も多数参加した。「捕虜 日米の対話」サイトでは池田さんによる記事につづく数編で抑留者の体験と実情を紹介している。 アメリカの友人への手紙 池田幸一 日本の戦後処理:もうひとつの闘い、シベリア捕虜抑留者 伊吹由歌子 日米の元捕虜たちは、捕虜体験に始まる人生の困難をまっすぐに生き抜いてきた。倒れた戦友を思い正義と尊厳の回復を求める不屈の精神、ひとを大切にする愛は共通する。全抑協のニュースレター発送、追悼式、展覧会をお手伝いしつつ、寺内会長の優れた人権感覚と鋭いが暖かい人柄に私は常に敬服してきた。追悼式でお会いした折、印刷・郵送したサイトからの資料を喜び「これからまた、頑張らんといかんね。」と仰って、入院中の仲間を見舞うためリューマチの足を引きずるいつもの歩き方で重いカバンを提げ、トコトコと別れてゆかれた。その言葉を胸に、みなさんの闘いが正しい評価を得る日の一日も早いよう平和と友情の未来を願って努力を続けたい。
2008年8月抑留犠牲者追悼の集いで挨拶する寺内氏 * 伊吹由歌子は US-Japan Dialogue on POWs 東京代表
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