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レイモンド・ハップ・ハロランさんを偲んで
体験記から引用します: 第二次大戦の辛かったあの日々があったから、自分をよく知ることができた、それが生涯の長い年月私を助けてくれたという結論に辿りついているのです。今日このときにも力になってくれている学びです。そして私はこれからもずっと学んだことをひとの成長のために役立てていくつもりです。とくに若いひとに、彼らが成長のため小さな手伝いを必要とするときに。 記事翻訳のために始まったハップさんとの交流は、その後、遺族のため戦中事実を掘り出すお手伝いや、クリスチャン同士共通の話題へと発展してゆきました。ハップさんの言葉を少し紹介します。 僕は幸運にも生き延びました。神様の偉大な計画のなかでそれは多分、将来、助けを必要とする人たちの手伝いを僕がするためだったのでしょう。それを僕は一生懸命に努めています。それが達成され、遺家族たち、個々のひとたちが末永く感謝してくれるときは、何とも最高の気分です。 東京空襲記念館との交流、援助をふくめ、同じ戦争で苦しみをなめた日本人にも、彼は思いやりがありました。 2007年6月21日、隅田川の土手で行われた男性、女性お二人の(TBSテレビ)取材は、私にとって非常に大切なものでした。(自分でも助けが要る身なのに)そのご婦人の左腕に手を添え彼女が土手の階段を上がるのを手伝いました。(彼女は3月10日の火の中で右腕すべてを失ったのです。)二人が話されるのをすっかり聴き、そして私は彼らの気持ちが理解でき、和解を、また彼らが気持ちにけりをつけた度合いを感じられたのは、彼らにも私にも大切なことでした。 「けりをつける(Closure)」とは日本の過去の戦争問題に決着をつけるハップさん独自のコンセプトでしたが、心ある日本人として同意はできないところでした。ご存知のとおり、民主党政権下で、「捕虜と日本人の友情プログラム」が発足し目的の半分は達成され、私たちはさらに残る半分の目標に向かい働いてまいります。経団連が世界の大企業として過去の捕虜使役事実を認識し謝罪を表明してくださり、さらに両者が力をあわせ教育基金を設定する意義に、気づいていただけるよう願います。
ハップさんと長澤幸江先生 訃報を受けたとき、丁度、新しい講演のためハップさんからの手紙を読み返していた長澤幸江先生からメッセージを寄せていただきました: ハロランさんが大森第五小学校を訪れた日(2004年6月)のことを、わたしはいまも鮮やかに思い出すことができる。NHKの取材班と一緒でそれは突然の来訪だったが、慈愛に満ちたその笑顔は一瞬にしてわたしの心を捉えた。B29の搭乗員であり平和島の捕虜収容所にいたこと、当時からこの地にあった大森小学校を懐かしく思って入ってこられたということだった。
89歳4ヶ月と3日…… 父はアメリカで、日本で、また世界中で、多くのひとの人生と心に触れました。赦し、和解、愛、誠実さ、名誉、忠誠、そしてひとへのいたわりのため、彼は力を尽くしました。多くの人々が彼をハップと呼びましたが、私が知っている彼は、父、そして一番の親友としてのみです。ふたりの意見が合わないときでも、彼はいつも私を応援してくれました。共に行った釣りの旅、オレゴン沿岸へのドライブ、土曜日、下町の父の事務所で彼がテープレコーダーに吹き込みをする間、弟、妹と遊んでいたことをいつまでも忘れません。彼は僕たちの「週末戦士」でした。私たちはいつも週末を父と過ごしました。 1985年に彼が日本を再訪してから、私は本当に父を理解しはじめたのでした。1945年に彼が体験したこと、いまではPTSDとして知られる外傷性ストレス障害に彼は苦しみましたが、いつも毎日を「ボーナス」の日と位置づけ、人生を最高に生き抜きました。彼にならって私も自分の人生を生きています。 彼が退職したのち、私たちは一緒に旅行に行くようになりました。
彼とおなじ搭乗員仲間二人のお墓参りにハワイへ。 僕たちはよいチームメートでした。 一緒の旅で父はいつも搭乗員仲間Roverboysのことをまるで兄弟のように語るのでした。 彼はこのクルー最後の生き残りでした。搭乗員みなさんのお名前を読み上げます。 エドムンド G スミスさん、ヴィット C バーブレリさん、ジェイムズ W エドワーズさん、ウィリアム J フランツ ジュニアさん、ロバート L グレイヴさん、ロバート B ホリデイさん、ガイ H ノーベルさん、セシル T ライルドさん、アンソニー S ルカシヴィッチさん、そしてジョン P ニコルソンさんでした。いまや彼らにはナビゲータがいます。みなで強い追い風を受けて飛んでいるに違いありません。 アーリントン墓地で父がグレッグ・パッピー・ボイントン空軍大佐の追悼の辞を述べたとき、彼は「千の風になって」を朗読しました。これはB29の仲間や友達が亡くなったときいつも彼の慰めになった詩です。
私のお墓のまえで泣かないでください
朝の静けさのなか あなたが目覚めると
私のお墓に立って泣かないでください 追記 「Unjust Enrichment: American POWs Under the Rising Sun」 と 「Guests of the Emperor: The Secret History of Japan’s Mukden POW Camp」の著者であるリンダ・ゲッツ・ホームズ氏も、以下の追悼を当ウエブサイトに送ってきました。
ハップが、第二次大戦で戦った日本側の兵士と会おうとし、友情の手を差し伸べようとしたことは、戦後の数多くの人々にとってインスピレーションとなりました。
私は、彼が毎朝外に出て言っていたという言葉を、いつも忘れません。「神さま、今日も、もう一日おまけの日を下さって有難うございます。」 何と素晴らしい生き方でしょう。 ハップは人との出会いをいつも楽しんでいました。以下は、以前このウエブサイトに掲載した写真です。
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