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11/21/11
ダイアン・ファインスタイン上院議員(民主党:カリフォルニア)が提出していた決議案 「日本政府が、太平洋戦争時の全ての米元捕虜に公式謝罪し、生存する退役軍人、家族、子孫のために2010年、日本招待プログラムを設立したことを、歓迎し称える。」が、11月17日採択されました。 決議には、以下の条項が含まれています。 日本政府が米元捕虜の願いと心情を尊重し、彼らの犠牲と歴史と強制労働を認める末永い記憶と和解のためのプログラムを支援することを、依頼する。 決議の日本語訳 ファインスタイン上院議員は、「私たちはこれらの勇敢な英雄達に対し、払いきれないほどの負債を負っています。彼らが払った犠牲を、決して忘れてはなりません。」と発言しています。 11/11/11 2011年 「日米POW友好プログラム」報告を掲載しました。
徳留絹枝のエッセイ
“Japanese Companies Used American POWs as Slave Labor—Where's Their
Apology?”
が
History News Network
bit.ly/sPLE37 に掲載されました。
10/27/11 ティモシー・ルース氏が執筆した記事 “Amazing Friendship Between WWII American POW & Japanese Boy(第二次大戦米捕虜と日本の少年の素晴らしい友情)” が、「アメリカン・ヘリテージ」誌最新号のカバーストーリーになりました。 American Heritage Magazine Volume 61, Issue 2
記事は、ルース氏が、戦時中捕虜だった祖父を助けてくれた少年を探すため、2010年11月に来日した際の体験を基にしたものです。「バターン死の行進」生還者元捕虜の孫が日本訪問 10/10/11 2011年度 日本POW友好プログラム 日本政府は、第2回POW友好プログラムとして、7人の米元捕虜とその家族を一週間の日本旅行に招待することになりました。計画にあたっては、昨年の訪日団の代表だったレスター・テニー博士が、米国務省を通して日本外務省に協力しました。以下の参加者が10月16日に日本に到着します。
ジェームス
C.
コー
リー
(88)
参加者は日本滞在中、かつて収容されていた捕虜収容所跡地を訪ねた後、京都観光をします。その他に政府関係者と面会し、学生や市民グループとも交流します。 9/22/11 心に刻んで 捕虜と行方不明兵に思いを馳せる日の9月16日、ジュディス・ハイジンガーさんとヴァージニア(ジンジャー)ハンセン・ホームズさんは、海軍が執り行った追悼式に参加しました。 ジュディスさんは、亡くなったご主人のデュエイン・ハイジンガー海軍退役大佐の著書「Father Found」から、ジンジャーさんはご自分の著書「ゲリラの娘」からそれぞれ朗読しました。
戦争の最初の数週間、日本軍の捕虜となったらどうなるかは、友人や同僚の間で交わす会話の大事な話題でした。家族の間では、若い女子の方が男子より大きな危険に晒されるというのが、一致した意見でした。それで母と父は、もし日本軍に捕まってしまった場合、私とピーチ(姉)が男の子の振りをしていた方がよいのはでないか、と思ったのです。それで両親は、近くの村から理髪屋を家に呼び、私たちの髪を切らせました。
サンデイエゴのミラマー国立墓地 に、アメリカの捕虜を称える像が建てられました。
「開放の瞬間」と名づけられた像は、捕われの身から解き放たれた喜びを表しています
(写真提供:クレイ・パーキンス氏) 9/16/11 「捕虜・行方不明兵に思いを馳せる日」の意見記事
私が求めているのは、心からの誠実な謝罪、そして私がそこにいたということを忘れないで貰いたい、ということだけだ。しかし先ず、米議会は私たちを支援しなければならない。 9/10/11
エドワード・マリコースキー氏は、「兄は僕のヒーロー(A Brother’s Hero)」という著書を最近出版しました。彼の兄フランは、バターン死の行進に生き延び、その後、向島の日立造船所で強制労働に就かされました。 9/1/11
レスター・テニー博士の意見記事 「日本での強制労働から66年―尊厳を求める元米兵捕虜」 が、ウォール・ストリート・ジャーナル紙に掲載されました。彼は次のように書きました。 この一連の努力の根幹にあるのは単純な真理、すなわち多くの苦難に耐えた人々をしのび、認め、敬意を表さなくてはならないということだ。 英語のオリジナル記事はこちら、 日本語訳はこちらで読めます。 8/28/11
「バターン死の行進」最高齢生存者の逝去 ジャン・トンプソン氏のエッセイ「最年長バターン死の行進生還者をアルバート・ブラウン医師を偲んで」を掲載しました。
アルバート・ブラウン 8/26/11
8月12日付けの毎日新聞は、大嶺捕虜収容所の歴史と地元の有志者がその跡地に1996年に建設した記念碑に関する記事を、掲載しました。
毎日新聞 大嶺捕虜収容所記念碑 8/12/11 ブログ「日本軍米兵捕虜」の開設
プロジェクトの目的は、捕虜の第二次大戦時と戦後の体験、そしてそれが米日同盟に与える影響に関して、アメリカ人を啓蒙することです。 最新のエントリーは、仙台地区捕虜収容所とそこで捕虜に強制労働を課した日本企業に関するものです。 American POWs of Japan「日本軍米兵捕虜」 7/23/11
「アンブロークン」著者、ローラ・ヒレンブランド氏 7/22/11
前川志津さんは、米元捕虜に関する博士論文を書いている大学院生です。彼女は最近ピッツバーグで開かれた、2011年度 「捕虜と次世代の会」 総会に出席しました。 6/30/11
カリフォルニア州選出の民主党連邦下院議員マイク・ホンダ氏は6月24日、第二次大戦中に日本軍の捕虜になった米退役軍人を称える、超党派による決議案を、提出しました。
ホンダ議員の事務所が発表したプレスリリース
6/18/11 捕虜になったB-29航空士、ハロラン氏逝去 伊吹由歌子さんのエッセイ「レイモンド・ハップ・ハロランさんを偲んで」を掲載しました。 6/8/11
地獄船「ブラジル丸」船上で死んだジョン L. ルイス中佐の息子ジョン・ルイス氏はフラン夫人と共に、日本の新幹線技術をテキサスでプロモートするLone Star High-Speed Rail 社の社長 ロバート・エッケルス元判事を、訪問しました。(ロバート・エッケルス元判事に関する記事はこちら)
ルイス氏は、彼の父親の体験を判事に語りました。 彼はさらに、「全米バターン・コレヒドール防衛兵の会」の4人の元会長が、アメリカ人捕虜を奴隷のように扱った日本の企業に、彼らの捕虜体験を記憶し 敬い、それから学ぶ努力に加わることを要請する手紙を、手渡しました。 レスター・テニー博士、エド・ジャックファート氏、ラルフ・レベンバーグ氏、ジョー・アレクザンダー氏からの 手紙
5/30/11
ウェス・インヤード氏のエッセイ「1943年のメモリアル・デー」を掲載しました。 1943年5月30日、1,500人のアメリカ人捕虜が、カバナツアン捕虜収容所で死んだ2,644人の仲間の追悼式に参加しました。
1943年のメモリアル・デー 5/15/11
ウィリアム・オーバマイヤ氏が、横浜三菱ドックでの強制労働体験と藤崎大使の謝罪について語っています。彼は、大使の謝罪を名誉ある行為であったと、発言しています。 オーバマイヤ氏が収容された収容所(東京捕虜収容所1-D)では、54人の捕虜が死亡しました。 .オーバマイヤ氏インタビュー
4/9/11 ワシントン・ポスト紙は "Timeless acts of kindness: Tim Ruse took his grandfather’s story and an old photo and went in search of the Japanese boy who helped the soldier survive as a prisoner during World War II. " (時を越えた親切な行為:ティム・ルースは、祖父の物語と古い写真を携え、祖父が第二次大戦の捕虜として生き残ることを助けた日本の少年を探す旅に出た) を掲載しました。 記事はワシントン・ポスト、関連の写真はアルバムでご覧下さい。日本語訳は、このサイトで読めます。 3/25/11 「POW友好プログラム」参加者から 被災者へのお見舞い 昨年「POW友好プログラム」で日本を訪問した元日本軍捕虜とその家族14人が、 東日本大震災津波被災者へのお見舞いの手紙を、藤崎一郎駐米大使に送りました。
「私たちは、貴方の国と人々を襲った破壊を、深い悲しみと共に見つめております。そして、日本の人々が私たちの想いと祈りの中にあることを、知って頂きたいと思います。」
大使館の大原義宏氏が、手紙を受け取りました。 3/17/11 日本の人々への想いと祈り 元捕虜とその家族は、3月11日に大地震と津波に見舞われた日本の人々に、思いやりのメッセージを送っています。 日本の皆さんへのメッセージをご覧下さい。 3/10/11 捕虜の子供達からミネタ元運輸長官へ 「全米バターン・コレヒドール防衛兵の会:次世代の会」の役員会は、ミネタ元運輸長官に支援を依頼する手紙を書きました。 私達は、米国に高速鉄道を建設するための貴方の努力を理解しますが、この機会に、それらの契約に入札しようとしている日本企業に、人間の良識が求める当然の要求…第二次大戦中にアメリカ人捕虜を奴隷労働者として使ったことを認め、生存する元捕虜に謝罪をする…に応えるよう、働きかけて下さるようお願いします。 3/3/11
アメリカの元日本軍捕虜組織(ADBC)の三人の元会長、レスター・テニー博士、エドワード・ジャックファート氏、ラルフ・レベンバーグ氏が、ノーマン・ミネタ元運輸長官に支援を依頼する手紙を書きました。 2/19/11
米国の高速鉄道プロジェクトと日本の第二次大戦時捕虜強制労働 その記事の中で、「バターン死の行進 」と三井炭鉱での強制労働の生還者であるレスター・テニー博士は、「私達が言っているのは、契約が欲しいのなら、(日本企業は)社会的問題にも責任を持ち、その責任を示すべきだ、ということだけです。」と語っています。 *アメリカの高速鉄道計画への入札を目指す日本企業の多くが、第二次大戦中に米捕虜に強制労働を課していました。 記事はまた、「川崎重工業の大橋忠晴会長は、高速鉄道プロジェクトに関連付けて戦時中の出来事を持ち出すことが適切 かどうかに、疑問を呈した。」と書いています。 しかし、ノーマン・ミネタ元米国運輸長官は次のように発言したと 、書かれています。「企業がどのように関わったのか、そのような扱いが蔓延していたのかにもよるが、(企業は)たぶん謝罪するべきであろうと、私には思えます。」
またテニー博士は、シュワルツェネッガーカリフォルニア州知事と面会し、捕虜問題への支援を訴えました。
同面会に関するサイモン・ヴィーゼンタール・センターの発表
2/3/11 1945年2月3日、マニラのサント・トマス民間人収容所が解放されました。開放された2人の収容者のこの写真は、1945年3月5日号の「ライフ」誌に掲載されました。
サント・トマス民間人収容所の開放をご覧下さい。 1/27/11
奉天捕虜収容所は、2000名余りの連合軍捕虜を収容した日本軍最大の捕虜収容所の一つでした。その跡地は、中国政府からの支援を受けた瀋陽市(元奉天)と遼寧省により、歴史博物館に改装されました。 1/10/11 カリフォルニア州新知事に支援を依頼する手紙
貴方が近くカリフォルニア州の高速鉄道建設に入札しようとする日本企業に会われる際、彼らがアメリカ市民の人権を侵害したことを認めるよう、強く主張して下さることをお願い致します。これらの日本企業は、戦時中アメリカ人捕虜を使役酷使したことを認め、それに謝罪し、私達アメリカ退役軍人の歴史を語り継ぐための教育基金を設立するべきです。 1/9/11 「米国ユダヤ系退役軍人の会」からの支援 「米国ユダヤ系退役軍人の会」(JWV)の全米会長 Stephen (Steve) R. Zeitz 氏は、フロリダ州とカリフォルニア州の知事に、元日本軍捕虜米兵を支援する手紙を送付しました。彼の行動は、先月日本の雑誌に、レスター・テニー博士による「バターン死の行進」と彼が受けた拷問に関する記述に疑問を投げかける記事が掲載されたことへの、対応でした。 テニー博士は昨年9月、日本政府が元捕虜とその子供を日本に招待した際、一行の代表を務めました。彼らは当時の岡田克也外務大臣から、捕虜として受けた非人道的扱いに関して正式な謝罪を受けました。 知事への手紙はどちらも、彼らの州の高速鉄道建設計画に入札をしようとしている日本企業(その多くが米捕虜に奴隷労働を課した)に、日本軍捕虜の歴史に関する教育プロジェクトへの支援を強く促すことを、要請しています。
JWV letter to
Florida Governor Rick Scott 1/5/11 フロリダ州新知事に支援を依頼する手紙
前原誠司日本国外務大臣に対し、フロリダの高速鉄道建設に入札しようとする彼の国の大企業は戦時中の米兵捕虜の使役虐待を認める必要があると、貴方から告げていただきたいのです。 12/13/10 元捕虜レスター・テニー博士、シュワルツェネッガーカリフォルニア州知事と面会 詳細はサイモン・ヴィーゼンタール・センターのプレス・リリースでご覧下さい。
書評 「ADAPT OR DIE」 掲載 JD・メラット氏の大変ユニークな回想録を紹介しました。作者はこの回想録をこう説明しています。 「真実こそはこの本の魂であり、私は、自分が体験したそのままを綴った。」 メラット氏捕虜回想録 をご覧下さい。 12/3/10 新幹線事業と日本企業の捕虜強制労働に関する意見記事 アルフレッド・バリッツアー博士とエブラハム・クーパー師による意見記事 “日本には教える責任がある” が、12月3日付けの「オーランド・センチネル」紙に、掲載されました。 11/26/10 「バターン死の行進」生還者元捕虜の孫が日本訪問
11/5/10 元捕虜レスター・テニー氏が育んだ日本人との友情
『朝日新聞』
とAPの記事を、伊吹由歌子さんが訳しました。
10/28/10
Center for Research: Allied POWS Under the Japanese の設立者・管理者ロジャー・マンセル氏が、10月25日に逝去しました。 マンセル氏は、日本軍の捕虜になった連合軍将兵に関する膨大なデータベースを作成し、多くの元捕虜・彼らの子孫・研究者そして捕虜の歴史を学ぼうとする人々が、必要な情報を見つけることを助けました。逝去が惜しまれます。
マンセル氏と彼の業績に関する詳細は以下のサイトでご覧下さい。
著者のウィリアム・ガーナー判事へのインタビュー 記事を掲載しました。
9月11日付けの中日新聞に、捕虜の祖父を救った日本の少年を探す孫に関する記事が、掲載されました。
「日本POW友好プログラム 」写真報告を掲載しました。
9/11/10 日本POW友好プログラム
日本政府は9月12日から、6人の米国元捕虜と2人の捕虜の子孫を、一週間の予定で日本に招待します。
9/9/10 日本企業の責任を問う意見記事 サンノゼ・マーキュリー・ニュースは9月8日、アルフレッド・バリッツアー氏とエブラハム・クーパー師による意見記事 「高速鉄道に入札する日本企業は第二次大戦時の捕虜に謝罪するべき」 を掲載しました。 8/27/10
サイモン・ヴィーゼンタール・センターは、カリフォルニア州議会で通過した、州の高速鉄道事業に入札する企業に第二次大戦時の行為について開示することを求める法案に関して、以下のプレス・リリースを発表し ました。 「日本企業は、欧州企業が要求された同様の基準を満たさなければならない」 写真:バターン死の行進と三井炭鉱での強制労働から生還したレスター・テニー博士 とサイモン・ヴィーゼンール・センター副所長のエブラハム・クーパー師 8/5/10 捕虜招待プログラムに関する記事 毎日新聞は7月31日、日本政府の米元捕虜招待プログラムに関する記事を掲載しました。
「日本の人々の優しい気持ちに触れることで、元捕虜たちの心が解き放たれる重要な機会。同時に私たちは強制労働の恐ろしい日々を忘れることはできない。企業は起こったことに対して責任を果たしてほしい」
7/29/10 捕虜決議案
日本政府が、彼らの犠牲と強制労働を認める末永い記憶と和解のための適切なプログラムを提供することで、米捕虜の願いと彼らの特別な思いに敬意を示すことを要望する。
捕虜強制労働の企業責任に関する意見記事 ”元連合国捕虜虐待問題:謝罪と補償へ舵を切れ=福田昭典”が7月26日付けの毎日新聞に掲載されました。 7/7/10 独立記念日に思う
元捕虜の会(ADBC)の会長を2度務めたエドワード・ジャックファート氏(89歳)は、彼の故郷
ウエスト・ヴァージニア州
ウェルスバーグで開催された独立記念日のパレードで、大会長を務めました。以下はその日の彼の思いです。 2010年8月15日は、第二次大戦終結65周年記念日です。その戦争で苦しみそして生還した私は、戦争とは死と破壊以外の何物でもないことを、思い知らされました。
この努力は今、ウエスト・ヴァージニア州ウェルスバーグにある太平洋戦争に関する博物館を拡張することで、達成されようとしています。その博物館は、私たちの祖国を守るために死んだ者たちを記憶するという趣旨に沿 いつつ、教育を目指すものです。世界に戦争の無意味さと、国際紛争を解決する他の方法を見つける必要性を訴えてきた私たちが、これまで何がしかの貢献 ができたことを願っています。現存する博物館をさらに拡張する計画が既に立てられ、現在その建設に向けた国際的募金活動が進められています。
エド&ヘンリエッタ・ジャックファート
日清製粉捕虜収容所で開放されたジャックファート氏(矢印) 7/2/10 『Foreign Policy 』 掲載記事 捕虜強制労働に関する日本企業の責任について、 『ニューズウィーク』 元東京特派員のクリスチャン・カリル氏が ”未処理の仕事”という記事を書きました。 カリル氏は、「日本企業は65年間、第二次大戦中アメリカの捕虜を虐待したことの責任から、逃れて来た。」と書いています。
民間人捕虜体験を描いた著書への憂慮 エッセイ ”元日本軍民間人捕虜 『子供捕虜-サバイバルの回想録』に描かれた彼らの歴史に関する不正確な記述を認めず” を掲載しました。
当ウエブサイトは、アメリカ人捕虜の体験に焦点を当てていますが、英国の退役軍人団体NATIONAL EX SERVICES ASSOCIATION のアーサー・レイン会長は、このサイトの定期的訪問者です。レイン氏からたびたび寄せられる励ましのメッセージに感謝します。
追悼式に関する詳細は
Remembrance Service 6/18/10 シベリア特措法成立を受けて米国の元捕虜がプレス・リリースを発表 アメリカの元日本軍捕虜組織(ADBC)の三人の元会長、レスター・テニー博士、エドワード・ジャックファート氏、ラルフ・レベンバーグ氏が、プレス・リリースを発表しました。
Survivors of Japan's WWII POW Camps Call on Japan for the Same Treatment as Siberian Internees 6/17/10
「ブリッジ・フォー・ピース」の設立者・代表 神直子氏のエッセイ
BFPは、旧日本軍兵士とフィリピンの戦争体験者のメッセージを、お互いに届ける活動をしています。 6/12/10 相当ダム新碑文 2007年11月15日に当サイトに掲載されたニュースについて、プロジェクトの完了をお伝えします。 http://www.estripes.com/article.asp?section=104&article=50479
改定された新しい碑文は今年の相当ダム犠牲者慰霊祭で除幕され、米佐世保海軍基地司令官、佐世保市長とともに、フィリップ・イーキンスさんがスピーチをしました。真実の掘り起こし、その継承のために力を合わせたご遺族、研究者、そして関係者に心から感謝を捧げます。 新碑文の序幕を伝える長崎新聞記事
5/10/10 日本企業の戦時捕虜強制労働への責任に関する意見記事 レスター・テニー氏と徳留絹枝による意見記事、「日本企業は元捕虜に謝罪を:大戦中の酷使、虐待に対し」が、5月10日付けの毎日新聞に掲載されました。
4/27/10 捕虜招待プログラム 読売新聞に以下の記事が掲載されました。
「バターン死の行進」元米兵捕虜ら日本招待へ
同紙に昨年掲載された記事 4/20/10 「次世代の会」総会
「バターン・コレヒドール防衛兵の会付属次世代の会」は2010年4月7日から11日まで、ネバダ州リノ市で第一回の全米総会を開催しました。 3/30/10 日本軍捕虜米兵についてのエッセイが全米2位に アンソニー・ゼンデヤス君は3月7日、ワシントンDCで開かれた「海外派兵退役軍人会」(VFW)主催の ”民主主義の声コンテスト” で2位になり、1万6千ドルの奨学金を授与されました。 アンソニーはこのコンテストで、全州・太平洋地区・欧州地区・南米カリブ海地区そしてワシントンDC地区をそれぞれ代表する54人を相手に 競いました。
「海外派兵退役軍人会」(VFW)全米代表トーマス・トラドウェル氏 3/23/10
"Former POW rejects idea that DPJ is anti-American."
日本語訳は「元捕虜、民主党が反米という見解を拒否」
先ごろ亡くなったカーティス氏はドンの1940年からの友人で、捕虜仲間でもありました。
ドナルド・ヴァーソー「僕の親友」をご覧下さい。
ジェームズ・キャメロン監督が映画化を計画していた「The Last Train from Hiroshima」の出版社は、当ウエブサイト役員クレイ・パーキンス氏他の努力の結果、その出版を中止しました。
クレイ・パーキンス氏と「The
Last Train from Hiroshima」をご覧下さい。 2/8/10 日本人研究者による捕虜に関する論文 防衛研究所戦史部第1戦史研究室主任研究官の立川京一博士の論文 「旧軍における捕虜の取扱い―太平洋戦争の状況を中心に―」 が以下のサイトで読めます。 「防衛研究所紀要」第10巻第1号 (2007年9月)
英語訳: http://www.nids.go.jp/english/publication/kiyo/pdf/2008/bulletin_e2008_5.pdf
「米国海外派兵退役軍人会」(VFW)の捕虜問題決議を掲載
「奴隷労働に関する元捕虜の日本企業への要求を支持」をご覧下さい。 1/22/10 アンソニー君ワシントンDCへ
日本軍捕虜の歴史を学び数多く発表してきたアンソニー・ゼンデヤス君は、「海外派兵退役軍人会」(VFW)主催の
”民主主義の声コンテスト” ワシントン州大会で第一位に選ばれ、さらに全米優勝を目指してワシントンDCに行きます。
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