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DG-ADBC (米捕虜次世代の会) に参加しての感想
前川志津 私が元アメリカ兵日本軍捕虜の問題を事例として博士論文を執筆しようと決めたのは、まだ昨年(2010年)のことです。2003年にヴァージニア州にあるジョージメイソン大学大学院コンフリクト・リゾルーション研究科に入学し、国家間の講和条約は戦争によって引き起こされた問題の「解決」(resolution)ではなく政治的「決着」(settlement)を目的としたものであること、第二次世界大戦終結から50年を経て、日本が「解決」を目指して取り組むべき問題が多数残されていることを知りました。 もちろん、何を問題として認識するかは個人の立場や経験によって異なるものです。そもそも何の「問題」も認識しないという人たちもいると思います。しかし、私が元アメリカ兵日本軍捕虜の問題に注目したのは、昨年、元アメリカ兵捕虜の方とそのご家族、そして遺族の方がはじめて日本政府の招聘により日本を訪問されることを知り、そこには確かに未解決の「問題」と、それに対するアメリカ、日本双方の取り組みがあると感じたからです。
前述のように、私がこの問題を知ってから日が浅く、いかなる問題があるのかということや、取り組みのあり方などについて今はまだ何も言えません。ただ、今回、ピッツバーグで開催された「元捕虜の会全国大会」に参加させていただいて、いかに元捕虜の方とご家族が「問題への関心」を待望されているのか、ということを感じました。
Susan Fertig-Dykes さんと伊吹由歌子さん
そのことは、滞在中のご親切や、研究に対するご協力からも伺うことができたのですが、なにより驚いたのは、元捕虜の方が国際基督教大学で講演なさったときの学生のコメントペーパーがADBC博物館に展示されていたことです。学生たちの反応については、日本での市民交流会や今回の大会でも言及されていて、若者の関心がアメリカの当事者の方にとって大きな意味をもつことは感じていました。それでも、コメントペーパーが展示されているのを見た時、それが私の想像を遥かに超えたものであることがわかりました。
戦後初期の頃のADBC総会(ADBC博物館展示)
* 近年、数人の日本人学生が元捕虜(ADBC)の総会に出席している。今後さらに多くの日米の若者が、日本軍の捕虜となった米兵の歴史に関心を持って学ぶことを、期待したい。 |